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特集 | ビジネスやITの最新動向/技術についてセキュリティ観点からレポート

ENIACの女性たちと技術社会における女性の将来

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近年「リケジョ」「コード女子」など、理工系や情報工学系における女性の活躍に注目が集まりつつあるが、国内の大学の情報工学系学部における男女比は9:1程度にすぎない(文部科学省調べ、2006年)。しかしコンピューターの黎明期においては、むしろ女性の力によってプログラムが組まれていた。

この記事は、ESETが運営するマルウェアやセキュリティに関する情報サイト「We Live Security」の記事を基に、日本向けの解説を加えて編集したものである。

計ENIACの女性たちと技術社会における女性の将来

1942年、戦時中の米陸軍が「砲撃射表」の複雑な計算を機械的にできるようにするために、6人の数学者を選出してプログラムを組ませた。

この6人のプログラマーたちは、各自が持っている数学的・技術的なスキルを結集して、世界初の電子計算機の一つとされる「ENIAC(エニアック) 」(あえて訳せば「電子式数値積分・計算機」)を創り出すのに尽力した。

この6人は全て女性だった。ENIACは当時のメディアからは「巨大な頭脳」と呼ばれた。その加算能力は毎秒5,000回であり、同時代の計算機の1,000倍の速さを誇った。これが今、私たちがポケットに忍ばせているコンピューターの祖父母として広く知られるものである。

マシンの効率は多分にそのプログラミングに依拠する。電子計算機が存在する以前には、応用数学の専門家が幾つかのモデルを創り出し、ある問題に対する一般解を提供していたものだ。そのモデルは「テーブル」と呼ばれるサイズの大きなブックとして発行されていた。

「コンピューター」(当時は「計算手」という仕事の名前だった)は、こういったテーブルを使って正確な結果を生み出すための計算を行ったのである。

そのため、計算手(コンピューター)の役割は広い意味で事務仕事と見なされ、女性に割り振られることもしばしばあった。特に戦時中は男性が徴兵されるのでそうなることが多かった。

ENIACは「ファンクションテーブル」と呼ばれるハードウェアを基に設計されていた。このテーブルによって、複雑なシーケンスを持つさまざまな操作を実行するためのプログラムが実行可能となった。そのプログラムは一度紙の上に書き表され、それからENIACにプログラムを組み込まなければならなかった。この作業に数年が費やされた。

こうした苦労があったにもかかわらず、ENIACが立ち上げられたとき、6人のプログラマーは功績をたたえられることはなかった。あらためてここで、彼女たちの名前を挙げておこう。

キャサリン・マクナルティ(Kathleen McNulty)
フランシス・ビラス(Frances Bilas)
ベティー・ジーン・ジェニングス(Betty Jean Jennings)
エリザベス・スナイダー(Elizabeth Snyder)
ルース・リターマン(Ruth Lichterman)
マーリン・ウェスコフ(Marlyn Wescoff)

だが、彼女らは記念パーティーに呼ばれることすらなかったのである。

計算手(コンピューター)だった女性たちのパイオニア精神を思い出すこと

計算手(コンピューター)だった女性たちのパイオニア精神を思い出すこと

それまで知られていなかった彼女たちの物語は、1980年代中ごろに注目を浴びるようになった。そのころコンピューターサイエンスの課程を卒業したキャシー・クレイマン (Kathy Kleiman)氏は、コンピューター分野における女性の先達が見当たらず失意の最中にあった。彼女はコンピュータープログラミングの分野での女性の歴史を調べ出した。調査する中で、彼女はある有名紙に載ったENIACの写真を見つけ出した。ただしこの記事では、写真に写っている男性にしかキャプションが付けられていなかった。

そこで彼女は、写真の女性たちについて周囲に尋ねてみた。すると「彼女たちは冷蔵庫の広告でそばに立っているご婦人のようなモデルであって、マシンの前でポーズをつくってそれを引き立たせているのだ」といった説明を受けた。「ところが、それは真実からはほど遠いということが明らかになりました」と、クレイマン氏はあるインタビューの中で明かした。

コンピューター分野において女性の存在感が次第に小さくなる

1980年代に入ると、コンピューターは米国の家庭に普通のものとして普及し始める。だが、同じころ、コンピューターサイエンスを学ぶ女性の数は減少し始める。1984年には37.1%であったものが、今日では18%にまで落ちてしまっている。

なぜこのようなことになったのか。一つの説明としては、パーソナルコンピューターが最初はほぼ完全に男だけをマーケットとした「遊び道具」という形でこの世に登場したという事実が挙げられる。そのためコンピューターは「男子用」という臆見が生まれることになったのである。

同時に、ビル・ゲイツ氏やスティーヴ・ジョブズ氏のような著名人の存在のために、コンピューターのプログラミングは刺激的で、また尊敬にも値し、そしてとてもお金になる仕事だという認識が定着し始めた。

これはコンピューターサイエンスにとっては素晴らしいことだった。しかし、いまだ中所得の事務や秘書といった仕事に縛り付けられている女性たちにとってはマイナスであった。皮肉なことに事務仕事をする女性は、この新しい分野を創り出す手段として利用されたのであった。

無意識のバイアスが世間の認知にもたらす影響

1980年代以降、多くのことが女性のために改善されてきた。だが、幾つかの研究によって明らかにされているのは、女性たちは無意識のバイアスによって、高度なことを要求される仕事をこなす能力が精神的にも論理的にもあるのかどうか疑われ続けてきた、ということである。

最近の研究によると、「ギットハブ」(GitHub、ソフトウェアの開発・修正をユーザー間でシェアするためのオンライン上のプラットフォーム)においては、女性によって提供されたコードの方が男性によるものよりも利用されているとのことである。ただしそれは、彼女たちが性別をはっきりとさせていない場合に限った話である。

ユーザーの性別を明白にした場合、 女性により提供されたコードの利用率は10%に落ちてしまう。

別の研究もまた同じ結果を示している。2012年のイェール大学の研究によると、研究所のマネジャーのポジションの応募者について、男性のスタッフも女性のスタッフも、その両方とも男性の候補者の方を能力が高くより高い給料に見合っていると判断したという。彼らは男性の方を雇用する傾向にあるのだ。

コンピューター分野に女性が参入しやすくすること

コンピューター分野に女性が参入しやすくすること

歴史的な性差による不平等の結果、そしてまた、技術界が女性の受け入れに消極的だったために、キャシー・クレイマン氏のようにコンピューターサイエンスに興味を持った女性たちは、先達の中に役割モデルを見いだすことが難しくなっている。

1980年代の「コンピューターおたく」たちがスティーヴ・ジョブズ氏やビル・ゲイツ氏に憧れたように、少女たちにも彼女らが目標とする場所があるのだと知っておく必要がある。

1985年にクレイマン氏がENIACプログラマー・プロジェクトを立ち上げて以来、この界隈で活躍する女性にスポットライトを当て、プログラミングやコンピューターサイエンスに興味を持つ少女たちを応援する企画が数多く実行されてきた。

その中でも、2015年の「コード女子」というドキュメンタリーは、あるコミュニティーが抱える問題を解決するためのアプリ開発を競う国際大会に参加すべく各国でグループを組んで頑張っている女子生徒たちの姿を追ったものだ。

また同年に「コードの組み方を学びたい女子のためのサマー・プログラム」にモデルのカーリー・クロス氏は奨学金を提供した。「#KodewithKarile」でのツイートは大きなインパクトを与え、技術職として働く女性の地位を向上させるための気付きの場を提供することになった。

「私は若い女の子がプログラミングについてできるだけ早くから学ぶことがとても重要だと考えています。そのことで社会の現状について私たちにも言い分があり、何がしかの権利を持つということを明確にできると思うのです」とクロス氏は発言している。

少女たちに明るい未来を提供することに加え、女性を労働力に加えることはビジネスにとっても良いことだという認識が広まってきている。

インテル社に所属する人類学者ジュヌビエーブ・ベル (Genevieve Bell)氏の集計によれば、女性はテクノロジーを率先して取り入れていく傾向があり、技術業界およびビジネスの分野においても人口統計学上重要な地位を占めているという。

競争の激しい市場において、才能の開発先を広げることがポジティブな効果をもたらすという事実は、重要な意味を持つ。

もし、技術が人口の半分しか占めない男性によってもっぱら設計されているのであれば、残りの51%が俎上に乗せ得たであろうイノベーション、ソリューション、クリエーションを私たちはみすみす逃してしまっていることになる。ENIACの女性たちはすでに何十年もの昔に、そのことを確かに証明していたのである。

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