国内ではコロナ禍による緊急事態宣言が解除され、「通常運転」に戻っている企業も少なくない。一方、世間では第二波への警戒に対し、ソーシャルディスタンスやテレワークなどニューノーマル(新しい生活様式)のさらなる浸透も予測されている。今回は、テレワークの普及啓発活動に取り組んでいる一般社団法人日本テレワーク協会(以下、日本テレワーク協会)で事務局長を務める村田瑞枝氏に、中小企業のテレワーク活用やセキュリティの確保などについて話を伺った。
コロナウイルスの感染拡大で企業のテレワークは大きく変わった
日本の企業にとって2020年は大きな転換期となっている。内閣府が6月21日に発表した資料によると、コロナ禍においてテレワークを経験した人は34.6%となっている。東京都は特にその割合が高く、23区に絞ると実に55.5%に上る。令和元年版情報通信白書では、2018年のテレワーク導入率が19.1%であったことを踏まえると、急激な伸びを示していることがわかる。では、特に中小企業を取り巻くテレワークの実態はどうか。
日本テレワーク協会は日本サテライトオフィス協会として1991年に設立され、その活動の歴史は長い。現在は379の企業や団体が加盟している(2020年6月23日現在)。主な活動の柱は3つだ。(1)政府4省によるテレワーク普及・啓発施策の展開、(2)東京都テレワーク事業への協力、(3)テレワーク普及推進のための各種取り組み(フォーラム開催やテレワーク推進賞の運営など)。同協会ではテレワーク相談センターを運営し、全国からの問い合わせに対応している。村田氏によると、3月からテレワークに関連する問い合わせが急増しているという。
「新型コロナウイルス感染症の影響で、3月あたりからテレワークについての問い合わせが急増しました。以前とは桁が二つほど違います。内容としては、そもそもテレワークを導入するにあたって何から始めたらよいかわからない、といったものが大半を占めています。具体的には、始業や終業の連絡をどうすればよいか、労務管理をどうすればよいかという内容も多いですね。6月後半になると、問い合わせ件数は少し落ち着いてきましたが、テレワークにおける中小企業の課題は依然として多いと認識しています。また、今まではほとんどなかったリモートハラスメント*1 に関する問い合わせも見受けられるようになりました。例えば、Web会議の際にカメラをONにするかどうかについて、上司は勤務時間内であれば顔を見せてもらうのは当然と考え、部下は自宅での様子を見られたくないという、これまでになかった状況ということもあり“テレワーク下の常識”が共有できていないのです。」(村田氏)
*1リモートワーク中に受けるセクハラやパワハラ行為のこと
さらに村田氏はこう続ける。
「テレワークは働く場所によって、在宅勤務、モバイルワーク、サテライトオフィス勤務の3つにわけられます。しかし、現状においてはそのなかの在宅勤務のみにフォーカスされているようです。緊急事態宣言発令中は多くのサテライトオフィスが閉鎖されていましたが、カフェコーナーの仕様を一部変更したり、貸出ツールを消毒したりと工夫を凝らしながら再開されてきています。コロナ禍で、テレワークに求められるものも変化しつつあるように感じています。」
変化に適応しテレワークを活用している中小企業の好例
日本国内における新型コロナウイルス感染症の流行は誰も予想し得なかった不測の事態だ。その状況下にあっても、独自の工夫によって業務を継続している中小企業も少なくないという。
製造業を営むA社は専用のアプリケーションで設計業務を行っている。自宅から勤務先までそう遠くない社員が多いこともあり、テレワークの準備は整っていなかった。業務を継続できなければ、クライアントに迷惑をかけてしまう。そこでA社は、社員にノートパソコンを持ち帰ってもらい、自宅で業務を行えるようワークスタイルを変えた。1週間に1回はデータが保存されたUSBメモリーを持って出社する。社長はWeb会議ではなく、毎日朝と夕方に電話で社員の声を聞いているという。
こうした取り組みの結果、密を避けつつ、業務を継続することができた。Web会議システムを導入せずとも社員とのコミュニケーションに支障はなかった。
また新型コロナウイルス感染症が流行する前から、積極的にテレワークを活用し成功した企業もある。
株式会社WORK SMILE LABOは岡山でオフィス機器やICTツールの導入支援を行う企業だ。従業員数は数十名の中小企業である。以前から、子どものいる従業員が急な病気などで休むケースに悩んでいたという。一般的な中小企業においては、一人の欠勤が業務に与える影響は大きい。そこで同社は、小学生以下の子どもを持つ親なら、子どもの病気など緊急時にテレワークで勤務できるよう環境を整備し、さらに評価の仕組みも時間軸から成果軸へと変更した。
このような取り組みにより、同社では生産性や採用力の向上、離職防止につながったという。
「A社のよいところは、テレワークならばWeb会議が必要という先入観にとらわれなかった点で、これまでに培った従業員との信頼関係や相互コミュニケーションが功を奏した好例といえます。WORK SMILE LABO社は、第20回テレワーク推進賞における会長賞を受賞されていますが、中小企業におけるテレワーク活用のモデルケースと考えています。最近はクラウドサービスをうまく活用することで、テレワークも導入しやすくなっています。できるところから、なるべくリスクのないかたちで、導入を進めてみることが重要だと考えています。」(村田氏)
継続的なセキュリティ対策をするための環境整備
テレワークを導入する際に基本的なセキュリティ対策は欠かせない。最近ではZoomなどオンライン会議ツールのセキュリティインシデントがいくつか発生した。しかしながら、中小企業にはセキュリティ対策を担う専任の情報システム担当が不在であることも少なくない。
「セキュリティ対策は重要です。一つ間違えば情報漏えいなどのリスクもあります。情報漏えいのリスクとして一番大きいのはヒューマンエラー(管理ミスや紛失、置き忘れなど)ですので、従業員への教育は不可欠。自社にセキュリティ領域に強い人材がいない場合は、外部の専門家に協力を仰ぐのが一番よいでしょう。経営者が自分たちですべて対応するのは非常に困難なこと。総務省が行っているテレワークマネージャー派遣制度を利用するという選択肢もあります。インターネットで申し込むと専門家が相談に乗ってくれますので、活用されるとよいでしょう。」(村田氏)
中小企業においても経営者や担当者が個々に取り組める予防策もある。
「もちろん、自分たちで可能なセキュリティ対策もあります。セキュリティソフトの導入や、ソフトを常に最新版にしておくなどは代表的な例です。仮に専門的なスキルがなかったとしても、セキュリティに関する知識を得ておくことは大切です。何も知らない、というのが一番のリスク。またセキュリティ対策は継続性が命です。常に新しい技術や手法が生まれ続けているため、情報収集に努めながら必要に応じて専門家に相談できる環境を整えておくと安心です。」(村田氏)
日々更新され続けるセキュリティ情報を常に追い続けて自社のみで対策を施していくのは、特に中小企業にとっては現実的ではないといえる。状況に応じて専門家の助言を受けるのが得策だ。しかしセキュリティの基本となる、以下のような項目は最低限押さえておこう。
- 持ち出してよい情報と持ち出さない情報を切り分ける(情報のレベル分け)
- 重要データのバックアップや暗号化
- セキュリティソフトの導入
- OSやソフトウェアのバージョンアップ
- 必要ない場合はインターネットにつながない、使わない場合は端末の電源を落とす
参考までに総務省が発表しているテレワークセキュリティガイドラインを掲載しておく。
またセキュリティに関する基本的な知識については、こちらも参考にしてほしい。
ニューノーマル時代への備えとして
コロナ禍により、この数か月でテレワークは急速に普及した。一方で、生産性が上がらないなど、さまざまな理由でテレワークを断念、あるいは中断する企業も存在する。しかしながら、新型コロナウイルス感染症の第二波や長期化を懸念するような報道も少なくないのが実状だ。企業はこうした情勢の変化に対し、どのように向き合っていくべきか。
「今回は社会的情勢の急激な変化に対し、企業は即座に対応せざるを得ない背景がありました。急場しのぎも少なくなかったでしょう。対策が完璧ではなかったのは、むしろ当然だといえます。本来テレワークは、大手企業ですと検討から導入まで数年がかりで行っているプロジェクト。重要なことは、きちんとPDCAを回していくことです。良かったこと、悪かったことを振り返り、そのなかで挙がった課題を一つひとつ解決していく。先ほどの事例にあったように、テレワークは企業や従業員、そして社会にとって多くのメリットをもたらします。政府や自治体の支援策も数多く用意されているので、ぜひ活用を検討してみてください。私たち日本テレワーク協会も、ニーズの変化に合わせて新しい取り組みを推進していきたいと考えています。今年度は新型コロナウイルスの影響でやや出遅れましたが、7月15日からテレワーク推進賞の募集をスタートしました。コロナ禍において、企業がどのような取り組みを行ったか、皆さんの参考になるような事例をたくさんご紹介できればと考えています。」(村田氏)
各省庁や自治体では助成金が用意されている。詳しくはこちらの情報を参考にしてほしい。
新型コロナウイルス感染症はビジネスにおいてパラダイムシフトを引き起こすだろうとも言われている。ニューノーマルという言葉も再燃しているが、まずは当面の状況を乗り越えることが必要だ。しかし、中長期的な観点で社会情勢の変化をとらえ、企業としてサステナブル(持続可能)な解決方法を見出さなければならない。
サイバーセキュリティ情報局では引き続き、セキュリティに役立つ情報を発信していく。ぜひ役立ててほしい。