この記事は、ESETが運営するマルウェアやセキュリティに関する情報サイト「We Live Security」の記事を基に、日本向けの解説を加えて編集したものである。
Wikipedia(英語版)は2015年8月末に381件のユーザーアカウントの使用停止処分を行った。あからさまな宣伝行為を行っており、かつ、そのやり方が極めて悪質であると判断されたためである。
Wikipediaはウィキメディア財団が運営・管理を行っているオンライン百科事典である。2001年に最初に英語版が公開され、後に他言語にも広がり、現在では、日本語はもちろん300近くの言語によるページがある。内容については、これまでのように、専門家が手分けして書いた記事を集めるようなやり方ではなく、世界中の人々の協力(ボランティア)によって作成・更新されており、世界初の「開かれた百科事典」として注目されている。
その性格上、さまざまな不正行為や悪質な行為なども頻発しており、財団の中には書き込みを行うユーザーの動向を調べるチームもある。
彼らはこのたび、ユーザーが利益目的でWikipediaの項目を新たに作成していたり、既存の項目の編集(書き込み)を行っているアカウントを調査を行った。最初に見つけた不正アカウント名にちなんで「オレンジムーディー」というコードネームがこの調査に付けられた。
Wikipediaにおけるオレンジムーディーの説明(英文)
この種の悪質な行為を、Wikipediaでは「ソックパペット」すなわち「靴下で作った腕人形」と呼称している。その意味をはっきり言うと「不適切な使い方をしているWikipediaの多重アカウント」ということになる。
Wikipediaにおけるソックパペットの説明(英文)
Wikipediaの運営を行っている財団の公式ブログの記事によれば、こうした利用規約の「違反」は、ばらばらな個人ではなく、不正行為を行った人たちの背後に彼らを報酬で雇っていた組織があるという疑いが持たれている。
Hundreds of“black hat”English Wikipedia accounts blocked following investigation
緑色がユーザー名で黄色がIPアドレス(James Alexander作成)
その結果、381件のアカウントが閉鎖されるとともに、Wikipediaに書き込まれ、はっきりと商業的意図を持っていた210の文章が削除された。もちろんそれが不正の全てではない。今回は2015年7月から8月にかけて調査を行い、同年4月から8月上旬に書き込まれたものに限られている。つまり、調査は網羅的に行われたわけではなく、もっと時間をかければ、さらに見つかる可能性が高いということだ。
「これらの記事の大半は、商売、商売人、またはアーティストと関係しており、総じて、宣伝行為を意図している。しかも、偏向や歪曲を含む情報、根拠がはっきりしない資料、さらには潜在的には著作権を違反しているものまでもがしばしば含まれている」とWikipediaの公式ブログに書かれている。
しかも、ソックパペットが行った文章の改ざんは明らかに一つのグループによる仕業である、とウィキメディア財団は確信している。編集のパターンが類似している、という理由を財団は挙げている。ある組織が複数の人間を雇い、特定の団体や組織に都合の良いような書き込みをさせ、報酬を支払っていたという疑いが持たれているのである。
またWikipedia英語版は、このようなことを行わないよう要請することは、2004年にまでさかのぼり、それ以来、正確性、中立性、および信頼性といったWikipediaの特性とはっきり対立するような記事を掲載することには強く反対の意を表明してきた、ということを付け加えている。
すなわち、今回が最初ではなく、これまでも行ってきたが、今回のソックパペットは組織的で大掛かりであり、極めて悪質だと判断したということである。Wikipediaは「オープンソース」の発想に基づいてはいるが、「百科事典しての長期的な安定」を保つために、書き込みについてそうした不正行為がないよう厳しく監視を行っていることが、あらためてはっきりとした。
なお、これはソックパペット調査のデータではないが、インディペンデント紙は、Wikipediaの英語版において最も多くの編集されたページについて、ジョージ・W・ブッシュのプロフィルだったと報道している。
その後に続くのは、WWEの選手一覧、米国、Wikipedia、マイケル・ジャクソン、イエス(ジーザス)、カトリック教会、ABS-CBNのTV番組のリスト、バラク・オバマ、アドルフ・ヒトラー、ブリトニー・スピアーズ、第二次世界大戦、2013年の死亡者、ビートルズ、……である。
Wikipedia's most edited articles: WWE and George W Bush take spot as encyclopedia's most controversial topics
また、2015年9月上旬にウィキメディア財団は米国の国家安全保障局(NSA)や司法省を相手に訴訟を起こしている。まだその内容については明らかになっていないが、ソックパペット調査との関連性が気になるところである。
いずれにせよ、「開かれた百科事典」を維持していくために日夜、Wikipediaはこうしたさまざまな「攻撃」と闘い続けているのである。