数ある暗号方式の中で最も複雑で最も堅牢な方式。送信者と受信者が一時的に作成された鍵を「共通鍵」として利用する暗号化方式の一種であるが、物理学によって得られた光の量子力学的特性を使ってセキュリティを堅固にしている。
第三者には分からない任意の文字列を用意し、これを「秘密鍵」として送信側と受信側に送る、いわゆる「ワンタイム・パスワード」の仕組みを基本としているが、ここに、傍受に対する防御力を高めるために光の量子力学的な原理を活用し、ほんのわずかであっても第三者の介入があれば感知し鍵を破棄してしまい新たな鍵を生成するため、事実上傍受は不可能とされている。
量子暗号は傍受に対する防御力が強く、通信の途中にほんのわずかでもノイズが見つかれば、その鍵は盗まれたものだと分かるので破棄して、新たに鍵を生成する。
量子もつれ
近年の研究においては、量子暗号には「量子もつれ」の脆弱性があるために攻撃は可能であるという見解が現れている。
「量子もつれ」(=エンタングルメント)とは、2つ以上の量子において、一方の量子の状態が他方の量子の状態と相関関係を持つことを意味する。
例えば、1つのスピン0の素粒子が崩壊して2つの電子になったとする。この場合、電子はそれぞれ別の方向に飛んでいく。元の素粒子がスピン0であったので、2つの電子は逆向きのスピンを持つはずなのであるが(角速度保存則による)、測定するまでスピンの向きは確定しない(上向きのスピンと下向きのスピンは「重なり合っている」と見なされる)。
量子論の考えによれば、この場合、測定値が判明していないだけで電子のスピンの向きは実在としては決まっている、ということではなく、観測するまでは上向き・下向きのスピンが重なり合った状態で実在している、ということになる。
その後、電子間が数光年離れたところで、一方の電子のスピンの向きを測定したとする。このとき、測定した量子が上向きのスピンを持っていることが観測されたならば、同時に数光年離れたもう一方の量子が下向きのスピンを持つ状態が確定する。
すなわち、数光年離れた2つの量子の間に、光速をはるかに超えて、一瞬で情報が伝達したことになるのである(=非局所相関、EPRのパラドックスと呼ばれている)。
量子暗号はこうした「量子もつれ」を活用して鍵を送信側と受信側で共有するのである。
ベルの不等式の破れ
量子力学では、測定するまでは量子の状態は確定しておらず、測定の瞬間に確率に沿って結果が決まるとされる。1964年に物理学者ジョン・スチュワート・ベルはそれとは全く逆に、量子は生まれた瞬間にその後の測定でどんな結果になるかがすでに決まっている、と仮定した場合に成り立つであろう不等式を定式化した。これを「ベルの不等式」と呼ぶ。
その仮定が正しければ、測定以前には量子の状態が確定されていないように見えるのは、ただ「隠れた変数」が観察者にとって明らかになっていないからであって、それは量子論の(間違ってはいないにせよ)不完全さを表しているにすぎない、としたアインシュタインたちの主張を裏付けることになる。
しかしその後、フランスの物理学者アラン・アスペによってこの不等式が成り立たない場合があることが実験によって確かめられた(ベルの不等式の破れ)。そのためアインシュタインらが唱えた隠れた変数の存在は否定され、量子論の立場をとるものが多勢を占めるようになった。この「破れ」こそ、量子暗号の脆弱性を生み出す原因である。